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パーソナルカラーについて勉強しようと思ったきっかけ〜(2)〜

  • izumiqkoto
  • 2024年3月8日
  • 読了時間: 4分




こんにちは!

ここ最近ずっと寒い・・・

明日から少しずつ気温が上がっていくようなので、春物が少しずつ着れるかな?と楽しみです^^




さて、先日のブログの続きを^^

九州から出てきて、妊娠までの間、パーソナルカラー(←お勉強中の方だったので間違えていた)を元に、時々いいものを買ってみたり、雑誌で勉強したり、手探りで色々試したりしましたが、解決できるようなものは分かりませんでした。

そんな風に過ごしながら、28歳で妊娠と書きましたが、ちょうど8ヶ月目だったかな?

ある日、夫の会社が破綻しました・・・




結婚当初から帰るのはいつも22時以降だったので、休日はいつも遅くまで寝ている夫。

そんな夫を頼りにできず、引っ越し後の後片付けや買い物をほぼほぼ一人でしていたら、ぎっくり腰になりました。

そのぎっくり腰がなかなか治らず、腰の治療に定期的に通っていたのですが、治療院に向かう急な坂道で破綻を知りました。

妊娠中の体調悪い時期でさえ、帰宅時間はいつも深夜。

最後の1年間ぐらいは「会社がダメな方に向かっている気がする・・・」と

いつも愚痴を聞いていたので、破綻と聞いて、「あとは上がるだけだ!」と

なぜかすごく前向きになれたことを覚えています!

これから子供が産まれて、会社はどうなるかも分からない・・・

状況は最悪だったのにね!

でもこれは、夫がまだ30代だったから、こう思えたのかもしれません。

50代で経験された方など、厳しい選択を迫られたことも知っています・・・




それからというもの、新会社への移行の業務のため、夫の帰りはますます遅くなりました。

私の通っていた産婦人科は出産のための講習を受けていないお父さんは出産の待合室にも入れてくれない厳しい所。

子育てをお母さん1人でさせないための対処なんでしょうが、深夜帰宅の夫が「講習は受けれない」というので、

陣痛が始まったら、病院の入り口まで私を送り、そのあとは帰らされていました。

ちなみにこの日、陣痛の間隔を待っている間にご飯を作ったりして(←ホント真面目)、さすがにその日は早く帰ってきた夫。痛がる私の横で「大丈夫?」と心配しながらも、しっかりご飯を食べ(←私は痛くって食べれなかった)、長くなりそうな夜のために備えたのかどうか分からないけれど、私を病院に送った後、不安そうに帰っていきました(←お前が講習受けなかったからやろ💢)

でも、赤ちゃん分しか体重が増えなかった事と元気に小さく育ってくれていたので、病院についてからまさかの2時間で産まれるという、初産なのに超スピード出産だったのですが、産まれてすぐ、看護師さんが電話しても電話繋がらず・・・普通に寝とるやないかい‼️

ぐっすり寝て、看護師さんからの産まれたとの留守電に慌てて病院にやってきました・・・

今でも思い出すとはらわたが煮えくりかえってきます・・・




そんなこんなで、忙しい夫を頼りにはできず、頼りにしていた横浜の叔母もリュウマチ発症で手伝えないとの事、

ほぼ産まれた時から、ワンオペ状態で育ててました。

でも救いだったのは、この頃になると、夫の収入も増え、お洋服を買ったりする余裕が出てきました。

近所にお友達を作ろうと子育てサークルに入ったところ、色々誘われて、週4日サークル活動という羽目に。

でも、いい方が多くて、楽しく過ごさせて頂きました!

そんな時、知り合ったお母さんから、

「赤瀬さんはいつもシンプルなのに素敵におしゃれしているよねってみんなと話してたのよ〜」

と言ってもらえたのです!

気がつけば、誰かに合格を出してもらいたいような、人の目を気にしたオシャレではなく、

子育て中のお母さんという役割ができた事で、

あえて割り切って、カジュアルで動きやすい中に自分の好きなものを取り入れたファッションが出来ました。

娘のコーデを考えることも楽しく、また別のお母さんから、

「〇〇ちゃんの服いつも可愛いよね!着回しがとっても上手だし、どうやって組み合わせを考えているの?!」

と言われたことも。

褒められると嬉しくなって、洋服のことを考えることがとっても楽しい時期でした。





でもそう長くは楽しい時間も続かず、その頃住んでいたマンションのカビ問題で、娘を喘息にしたくないという思いから今のマンションに引っ越すことになるのですが、ここから子育ての暗黒時代が始まります・・・続く





またまた長くなりそうなので、今日はこの辺で!

最後までお読みいただきありがとうございました^^


 
 
 

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